静岡県伊豆松崎町にある伊那下神社。祈願、祈祷、厄祓いのご相談承ります。

  

  神之 所与 是正 是直 

 (かみの しょよ これただし これなおし)           

社は正しく素直な心を授けてくれる所です 

〒410-3611 静岡県賀茂郡松崎町松崎28

📞 090-7919-7780

伊那下神社について


神さまとのご縁を結びましょう。


神さまとご縁を結ぶために、手水をおこない心を清め参拝され、ご朱印をいただきましょう。


ご朱印をお配りしています



ご朱印とは、もともとお寺に写経・読経を納めた際に頂いていたものですが、いつの頃からか納経しなくても参拝のあかしとして頂けるようになり、やがて神社にも広がったことで、今では多くの寺社で頂けるようになりました。


ご自宅での保管について

自宅でのご朱印帳の扱い方についてですが、「粗末に扱わず、丁寧に保管する」ことが大切です。ご朱印は神仏名や寺社名が記されており、いわば神様仏様の分身のようなものです。無造作に雑誌など一緒に重ねておいたり、出かける時に忘れないよう玄関や靴箱に置いておくなどということは絶対にしてはいけません。 

清浄な場所、仏壇や神棚に保管するのが理想です。しかし、仏壇や神棚の無い場合は、タンス上段の引出などを御朱印専用にして代用することも可能です。御朱印専用が無理な場合は、慶弔用の貴金属や数珠などと一緒に保管してもいいでしょう。

式内社 伊那下神社

祭神

松崎の牛原山に神代より鎮まり居ます伊那の大神


山神 彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)

海神 住吉三柱大神(すみよしみはしらのおおかみ)

水神   龍谷水神(りゅうこくすいじん)

神徳

産業守護・交通航海守護・健康長寿・学業就職守護・手足守護・良縁成就

創建と由緒

神やどる山、牛原山の麓には人の生活に欠くことのできない真水が湧き出しています。

ここは石火郷と那賀郷との境界であり、二つの郷に出入りする関門であったため、西伊豆の要地として栄えました。


かつては、大山祇神の系統である石火族が住んでいました。昔は山そのものを神をまつる場としたため社殿なく、牛原山の嶺三本松と呼ばれるところが、祭りをする自然の祭場でした。年が移り土地の発展にともない、此処に神社がもうけられ、産業の守護神でもある彦火火出見尊を石火宮とたたえて尊崇してきました。


またこの神社を俗に唐大明神と称する起源は、四世紀に新羅征討の時、この国の人が皇后の御船を守り、長門の豊浦に留まり後にこの松崎に来て、ここに唐(新羅)征討の神功皇后のゆかりの住吉三神を鎮座したためであるといわれています。

原始の頃より、山の中の祭からはじまっているので、鎮座の年代は不詳です。

平安期の延喜式という朝廷の神社名簿に「いなしりの明神」とあり、この延喜の制度に基づいて、祈年祭には国からのお供物がり、以後何度か位があがり、神階四位上といわれてきました。また正月、五月、九月二十日祭りは、朝廷の神道祭祇の卜部家より、累代のこの神社の森氏に本官の服装(有紋黒袍)を着用し祭祀を司ることを許されました。


明治六年九月村社に列し、昭和五年八月郷社となり同年には、公から例祭にお供えの出る神饌幣帛料供進社に指定されました。


また、この神社は古くから航海安全の目標とされ、漁業に携わる人は海の幸を願い、地元のみならず駿河路を行き来する旅人の信仰を集め、源頼朝をはじめ武家の崇敬も篤く、多くの寄進もありました。

建暦元年鰹船安堵状

建暦元年の文書は「仁科庄松崎」とあるのをとって、仁科は西伊那の約であるとの説。

「いな」は新羅に帰化人で造船術に巧みな猪名部一族がこの地にやって来て、船舶の建造に従事したことをもって、その集落を猪名といっていたとの説などがあります。ところが、後に伊那と変わり港湾を伊那湾と呼び、伊那湾の下方にある当社を伊那下神社と称するようになりました。

例祭

十一月二日、三日が祭礼の日です。二日午前五時に神輿に神霊を移す御旅式のあと境内で獅子舞(噛み合わせ)を行い、氏子町内をめぐり悪霊を清めます。噛み合わせの荒々しさから、ケンカ獅子と呼ばれ、唐大明神の荒御魂をあらわしていると伝える。三日には神輿濱降りが行われ、お濱降神事があり各御旅所を回ります。

また二日、三日の夕方には舞殿で天下太平・五穀豊穣・千秋万歳を願って三番が奉納され、郷土の芸能を永く伝えています。